「日本三文オペラ」(武田麟太郎)

日常を切り取り、コラージュのように

「日本三文オペラ」(武田麟太郎)
(「百年文庫047 群」)ポプラ社

「百年文庫047 群」ポプラ社

アパートと云っても――
いや、そんな何となく小綺麗で、
設備のよくととのつた
西洋くさい貸部屋を
意味する言葉を使っては
いけないだろう。
何故かと云えば、
卒塔婆の破れ垣の横を通って
その入口に達すると
「あづまアバート」と…。

アンソロジーを読む楽しみは、
不思議な作品と出会えることです。
知っている作家の本や、
話題になっている本は、
ある程度その中身が予想できます。
しかしアンソロジーの中の
いくつかの作品は、読み手の予想を
超えた作品が含まれているものです。
本作品もそうしたものの一つです。
筋書きのようなものはありません。
説明が難しいのですが、
舞台となる「あづまアバート」
(アパートではなくアバート)に住む
住人たちの日常を切り取り、
コラージュのようにちりばめた作品、
とでも言えばいいのでしょうか。

そもそも、どんなアパートなのか?
冒頭の抜き書に続く部分から
拾ってみます。
「入口の下駄箱の側にはスリッパが
乱雑にぬぎすてられてある」。
それはよくあることとして、
「部屋の境目がどう云うわけか、
襖やガラス障子でくぎられている」
「これらは釘で打ちつけられて
あけ閉てできぬようにはしてある」、
これではもちろん
「お互いの生活は
半ば丸出し」となるのです。
プライバシーなどあって
なきがごとしでしょう。
そうした記述が続きます。
その表現がまた絶妙であり、
雰囲気だけでなく、その悪臭すら
伝わってきそうな描写です。
本作品が描かれたのは
昭和7年なのですが、
その当時であっても、
劣悪な環境であったことは
間違いありません。

そしてどんな人たちが
生活していたのか?
めまぐるしく現れる登場人物たちを
書き並べてみると、
以下のようになります。
①主人:
 あづまアバートの経営者兼管理人。
 周旋業・金融業も営む。
②主人の細君:
 雀斑顔。多産。
③その子どもたち:(具体的記述なし)
④小太りの映画説明者(二階八号室):
 労働争議の指導者となる。
 見かけによらず人が悪い。
⑤吉原遊郭の
 牛太郎(客引き)の夫婦二組:
 女房は女の住人の中心人物的存在。
⑥六十過ぎの爺さん婆さんの夫婦
 +婆さんの姪(七歳)(三階一号室):
 老後に結婚。爺さんが息子夫婦宅を
 家出し、婆さんに婿入りした。
 姪は婆さんの妹の私生児。
⑦カフェーの女給+情夫(三階四号室):
 女は蓄音機で音楽を鳴らす。
 男は色事師。かつて主人の細君に
 言い寄って断られた。
⑧女嫌いになったコック(二階七号室):
 女に貢いだあげく、強請られ続ける。
こうした人物たちの
生活の一場面が綴られていくのです。
それがまた笑いがこぼれるものもあれば
涙ぐましいものもあり、
微笑ましいものもあれば
腹立たしさを感じさせるものも
あるのです。

味わいどころを説明するのが
きわめて難しい作品です。
甚だ無責任なのですが、
読んでみてくださいとしか
言いようがありません。
不思議な作品を、ぜひご賞味ください。

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さて、この武田麟太郎は、
当初プロレタリア作家として
文壇に地位を築きました。
しかしそこから脱却し、
新しい境地で望んだ作品が
昭和7年に発表された本作品です。
プロレタリア文学への
当局からの弾圧を経て、
武田は転向を余儀なくされます。
そして井原西鶴の
浮世草子の作風に学んだ
「市井事もの」を著し、
時代の庶民風俗の中に
新しいリアリズムを追求する
独自の作風を確立していくのです。

(2024.3.26)

〔青空文庫〕
「日本三文オペラ」(武田麟太郎)

〔武田麟太郎の本について〕
多くは絶版となっていましたが、
2021年、
突如単行本が刊行されています。
こちらには本作品も収録されています。

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古書を探れば、
講談社文芸文庫から刊行された
「日本三文オペラ: 武田麟太郎作品選」
見つかるかと思います。
こちらにも本作品が収録されています。

その他、青空文庫から本作品以外に
7点が公開されています。
一の酉
釜ヶ崎
現代詩
大凶の籤
反逆の呂律
落語家たち

〔関連記事:武田麟太郎〕

〔百年文庫047 群〕
象を射つ オーウェル
日本三文オペラ 武田麟太郎
マッキントッシュ モーム

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Pete LinforthによるPixabayからの画像

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